金融と行政一緒に勉強 ~ 公図
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明治政府は明治5年に田畑の永代売買の禁を解き、同時に税収を目的とした地券制度(課税標準を記入)を設けて、土地を自由な取引の対象として土地所有権を確立した。この地租改正事業は①全国の土地を測量(地押丈量と言う)し、②一筆ごとの所有者を確定し、③その地価(課税標準)を定め、④これを登録した地券台帳を作成し、⑤所有者に交付された。 この地券交付が行われた際に必要とされた地券台帳の付図は①旧来からあった地引絵図、②地租改正により明治6年から作成された1筆単位の筆限図③これを集めた野取絵図(改祖図、字切図字限図字図)、④この改祖図を集合した村限図であったが、一般的に粗野であったため明治18年2月に大蔵大臣は再度地押調査を命じ、これによって地押調査図(更正図)が作成された。この地押調査図が旧土地台帳法施行細則(昭和25年法務府令88号)第2条1項の「登記所には土地台帳の外に地図を備える」と言う規定により、登記所が保管している土地台帳附属地図となり、公図と称されるに至った。土地台帳と付図の管理は明治22年からは政府から府県庁、郡役所へ、明治26年から収税署、明治35年からは税務署、昭和25年から法務局となった。昭和35年3月にこの土地台帳法は廃止されたが、土地の表示記載である、地番、地目、地積は土地登記簿に移記され、登記簿、土地台帳の一元化がなされた。